ヒヤリ・ハットとは―“その一歩手前”を見逃さない
福祉事業所でお仕事をされておられる方ならご存知の「ヒヤリ・ハット」。
「ヒヤリとした」「ハッとした」けれど事故には至らなかった――そんな未然のトラブルのことを指しますが、意外と「事故」との区別ができていない事業所があるようです。
実は、厚生労働省や労働基準監督署などが明確にその線引きを定めているわけではないそうです。
つまり、「これはヒヤリ・ハットなのか、事故なのか」という判断は、各事業所ごとに基準を設ける必要があります。
たとえば、私が関わっているグループホームでは、
利用者さんが転倒しても、ケガもなく、受診の必要もなければ「ヒヤリ・ハット」として扱う
一方で、転倒によって出血や腫れがあった、または受診につながった場合は「事故」として報告する
というふうにルールを定めています。
このように基準を持っておくことで、職員ごとの判断のばらつきや報告漏れを防ぐことができ、利用者や家族への説明も一貫したものになります。
実は私も… “ヒヤリ・ハット”経験があります
以前、世話人として勤務していたときのことです。
夕食後、利用者さんに薬を渡したものの、飲んだかどうかの確認をうっかり怠ってしまいました。
その日は何事もなく一日が過ぎたわけですが・・・
数日後、その利用者さんの部屋で、過ぎた日の日付が書かれたままの薬袋がそのまま残っているのを発見しました。
記録を見ると、その日の担当は私。
記憶はあいまいだったけれど、間違いなく「確認を怠った」のは私でした。
幸い、利用者さんは体調に影響はありませんでしたが、
「たまたま何も起きなかった」だけであって、
薬の種類によっては、命に関わる事態になっていたかもしれない――そう思うと、背筋が凍るような思いでした。
私はその出来事を、勇気が要りましたが、職場で正直に報告しました。
隠して「なかったこと」にするべきではないと思ったし、同じ過ちを他の職員さんにもしてほしくないと思ったからです。
幸い、オーナーには
「これは、あみこさん一人の問題ではなく、職場全体で考えるべきこと」
「どう防げるか、一緒に仕組みをつくっていこう」と言っていただき、ホッとしました。
失敗を、組織の仕組みに変える
その後、職場では「服薬確認ルールの統一」をしました。私自身が提案したことも含め、次のような流れをつくることにしました。
当日分の薬はキッチンの棚上にテープで貼り、視認性を確保
⇓
利用者さんがお膳を下げに来た際に、その場で服薬してもらう
⇓
飲み終えた薬袋は職員が必ず回収して捨てる
⇓
記録上にも「服薬確認済」のチェックを記入し、Wチェックを徹底
⇓
これらはすべて、「全職員で共有するやり方」として定着させたものです。
支援にばらつきが出ないよう、マニュアルにも反映しました。
ヒヤリ・ハットは、個人の反省で終わらせるのではなく、チームで再発防止に活かすことが本来の目的だと、実感しています。
報告書は、“責任の追及”ではなく“備え”
ヒヤリ・ハットや事故に気づいたとき、それを記録として残すことは非常に重要です。
報告書を書くことで、その場の気づきが次の行動につながり、「誰かの経験」が「次の誰かを守る」材料になります。
とはいえ、「何をどのように書けばいいかわからない」といった声があるかもしれません。
そうした場合は、自治体が提供しているひな型を活用するのがおすすめです。
たとえば、大阪府では以下のページにて、「事故・ひやりはっと報告書」の様式を公開しています(Word形式でダウンロード可能です)。
この様式には、「発生日や状況の詳細」「気づいた経緯」「対応内容と再発防止策」などの項目が整理されていますが、施設ごとのルールや記録体制に合わせて、自由にカスタマイズして良いと思います。
ヒヤリを“書ける・話せる”職場環境づくりを
ヒヤリ・ハットは、その場で何も起きなくて良かった…で済ませるのではなく、「次に起きるかもしれない危険の芽」として、心に留めておく必要があると思います。
ヒヤリを隠さず書ける職場は、ミスを未然に防げる職場
報告を責めず受け止められる組織は、職員が安心して働ける職場
記録を活かして仕組みを改善する文化は、利用者の命を守る組織
失敗を責めるのではなく、支え合って未然に防ぐために、ヒヤリ・ハットを活かすこと。
それが、リスクマネジメントの本質であり、現場に必要な「備える力」なのだと思います。
兵庫県においては、障害福祉サービス提供中の利用者のケガや死亡事故について、下記の自治体で実務運用が整備されています。
参考:
兵庫県/障害福祉サービス事故報告取扱要領 兵庫県/障害福祉サービス事業者等及び市町等における事故等発生時の報告取扱要領
神戸市ホームページ(事故発生時の報告)
西宮市ホームページ(障害福祉サービス事業者等における事故発生時の報告について)
当事務所では現場に寄り添いながら、実務を支えるサポートを行っています。
制度の運用に迷ったときや、判断に悩む場面があれば、お気軽にご相談ください。


